2006年03月14日

はいはい、こちらが特設ページです。

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ご来場ありがとうございます。
いきなりアングラい写真でごめんなさい。
ゲネ風景です。上京から公開審査周辺の様子を番長の携帯で撮影したものをお届けいたします。ほとんどぶれてます。ごめんなさい。
女優榮田もほとんどスッピンです。かさねてごめんなさい。
左の「カテゴリー」で初日、なかび、等えらんでいただけますと若干順番がわかりやすいかもしれません。

公演の模様を高野しのぶさんのレビューに取り上げていただきました↓
http://www.shinobu-review.jp/mt/archives/2006/0307125432.html
posted by 番長 at 16:43| Comment(39) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月07日

町を歩くとたまにすごいことが書いてあったりしますね。

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前年にマヤ・マックスさんに「生き急いでるね」と言われ落選したおんなのこが、たいそう時間のかかる「似顔絵スタンプ」というアナログぎりぎりの作品で今年度のNHKのデジスタ大賞受賞しましたね。ちょっと前の話ですが。

その一年間を想像すると、たいそう熱い気持ちになります。

ふるえながらマヤさんの似顔絵をライブで造る姿になきそうになりました。

この一年何ができるかな。
来年のわたくしはどんなふうだろう?

どうにも光って見えるので川上弘美さんの「神様」を読んでいます。芥川賞受賞作の「蛇を踏む」はこれから。2話目の「夏休み」に出てくる白いふわふわの生き物が、なかよしの男の子に似ていておかしい。

矢野顕子デビューをもくろんで渋谷のHMVに入りましたが、8日にくるりの岸田君も参加しているデュエットアルバムが出るそうなので、保留。かわりにやっぱりパスカル・コムラードのおっさんのCDを買いました。

あんわりかわらないで、でもかくじつにかわってゆくんだなあ。



posted by 番長 at 13:00| Comment(0) | 東京見物にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京だよおっかさん

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宮崎から上京中の母帰省のため、東京見物。
3時から渋谷で打ち合わせのため、お台場見学から急遽NHK見学へ変更。

25年前もここだったぞ。橋口家は変化がない。

功名が辻のテーマソングを着メロにしている時代劇オタクの衣装の矢野を悔しがらせるため、おかあさんと写真撮影。仲間由紀恵と橋口幸絵は名前が少し似てる。

いいじゃないか。
posted by 番長 at 12:39| Comment(0) | 東京見物にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公開審査にっき 5

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コンクール打ち上げ。
尾崎サンの写真ばっかだなあ。一番のんきなので。
全国の同年代のクリエーター達とお話しできるのがうれしい。
コスモルの石橋サンは同じ30代の女の子のクリエーターだ。貴重。勝手にすり寄る。

番長は上京の朝まで大竹しのぶさんの一人芝居「売り言葉」のビデオで観ていました。その舞台の美術を担当された加藤ちかさんも審査員。お話しさせた頂く。そればかり願っていた。
審査員で唯一の女性だった。

クリエーターのみなさまとお話ししながら、ひとつひとつ安心して追い詰められていっこいっこの「高さ」を知ってゆく。

一歩一歩登ると云うより、一枚一枚積み重ねる薄っぺらいセロファンになろう。

セロファンに光を当てると、舞台を照らす照明効果になります。

審査員の皆様はサバイバーに見える。舞台に並ぶ姿を見て、いつも「生き残ったひとたち」なんだなあと思う。演劇界で、じゃなく。生きる為の武器だか食べ物だかの為に演劇を選んで、そうしていま生き残っている、と。

最優秀賞の賞金は50万円。
重たい。

砂漠の真ん中で「これで生き残ってね」と渡された気持ちになる。

10秒後に制作サンに奪われ劇団の口座に

ばびゅん。

posted by 番長 at 12:15| Comment(0) | 公開審査にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公開日審査にっき 4

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お写真はゲネ風景。

15時公開審査開始。劇小劇場の舞台に11人の審査員が並ぶ。
審査形式は劇作家協会の新人賞と同じ。一作品ずつ審査員全員の批評があった後、一名につき二票づつ投票を行います。

11人の専門家による11パターンの批評。
これを貰うためにはるばる海越えてきました。
取りこぼさないようにノートに全部書き込みながら聞く。

今回のお芝居を簡単に説明しますね。
古事記の物語の中から「イザナキとイザナミ」のお話を原作のエピソードに沿ってひどく簡単なラブストーリーに仕立てました。半身としての異性トイウ神話。やおよろず信仰というのはひどく身近なものを祈ることなんじゃないだろうかとそんなことを思いながら書きました。
ひとつの身体に住む男女神が二つに分かれたところから生じる差異というストーリーをフィクションとして載せています。
物語は一人の役者によって演じられ、もう一人の演奏家が様々な楽器を使って音楽として競演しています。音楽家はBGMを弾くのではなく、時々イザナキという男性のイメージとして舞台に存在し、話しかけられたり言葉のようにイザナミに楽器で語ったりします。役者もまたイザナキと会話するように楽器を演奏します。舞台に存在する楽器とともに布や紙という素材を様々な物に見立てて物語は進行します。

以下はしぐちメモから批評の抜粋です↓

・判りやすく安定している。故に脚本構造の矛盾点が見える。登場人物の理解のIQと台詞のIQが比例していない。こういった作品を目指すならもっとうまく見せてほしいと思う。
・パワー、情念を感じた。
・表現にやわらかさを持っていることに好感を持った。ストーリーは説明的に感じた。いらないと感じる舞台装置もある。視覚に訴えるより「語り」に始終してほしい。
語りかけるもう一人の他者の存在場所が曖昧。誰に対して発信しているのか見えづらい部分があり、結果として「見えないもの」がみえてこない。
・脚本に異論。イザナミとイザナキを一心同体で描くというのは西洋的でその後の展開の間尺に合わなくなる。ストーリーがご都合主義的。
演出は典型的で新しさがない。役者のチカラで見せている。
・非常に判りやすく面白く見た。
・多い、いらない。何も無いところで魅せるドラマを立ち上げたいなら、装置はもっと少なくて良い。エッチなのがいい。
・定期的に活用される仕掛けが、物語に抑揚を与えて飽きさせない。パンフレットに美術家の名前がないが、世界観を持つ美術家と組むことでもっと匂い立つ世界の構築が可能になると思う。女優の力量の大きさを感じる。
・妊娠したイザナミが送風機によって膨らむ演出で「あ!フィリップ・ジャンティだな」と思うほどに拾ってきたルーツが判る。もうすこし噛み砕き進化させて自分の物にしてほしい。演出に新しさがない。
・「走る女」という男を追って走り続けるオムニバスの物語を思い出した。情念や女のパワーがまだ強烈に出れば。
・一人で喋るとき、発言の対象が不明瞭。役者使う声の中で、つらい音域を使用させている部分がある。
・これは一人芝居じゃなく二人芝居。語らないミュージシャンの存在が相手役としてもっとドラマティックになったんじゃないか。

などなど。

脚本に対する批評が必ず出ると思っていた。
古事記は随分政治的な性格を孕んでいるからね。その触れにくい部分を完全に取っ払って恋愛の神話でいいじゃねえかとおもったからね。なんか云われたら「これは演出家のコンクールじゃなかと?」と云おうと思っていたのですが、みなさま「演出家のコンクールだから関係ないかもしれないが」ときちんと仰ったので、何もいえないぞ!かつ基本的な劇構造に対するダメ出しだったのでありがたかった。でも半分は台本に対する批評でした。ごめんなさい。精進します。

しかしね。

「でも面白かった」

とほとんどの方に仰って頂いてうれしかった。

でもね、かんたんでおもしろかったよ

とね。

一回目の投票は番長が9票で一位。7票を獲得した笠井君と二人で、審査委員が一票ずつふたりに入れる二回目の投票。
二回目は番長9票笠井君1票棄権1票。

「圧倒的だったんじゃなく無難なものが選ばれたんだよ」とも云われた。

でも

「かんたんでおもしろいよね」という作品が支持されたことに、初めて

「勝ったんだ」

と思った。

現代の病理を描くには私は疎ましいほどに健康だ。現代を切り取るより1000年後の人間も理解できる物を書きたいと思っている。複雑さには臨界点があると思っている。単純さは永遠だと思っている。北海道には突き抜けてゆく空も見渡す限りの大地もある。一時間、その一時間をお金を払ってくれるお客さんが飽きないようにとそればかり考えた。無彩色ではない、私が住む世界は極彩色だ。

病巣を描きたくはない。お粥になりたいと心から思っていた。
愚鈍と言われてもかんたんでわかりやすいものを、やわらかいものをつくりたいと。

「おもしろかったよ」という簡単が勝利したことがひどくありがたかった。
役者のチカラを評価されたこともありがたかった。「演出力なのか役者力なのか考えた」と言われたそれを10年かけて一緒に造ってきたのだもの。村上、素子との10年を、柴田との6年を、これから作り上げてゆく櫻井、能代、赤沼、菊沢の10年をなんだか抱きしめた。
音楽を評価されたことも。デジタルに変換された音楽から抜け出し、ライブの、アコースティックの音楽のデジタルじゃとっても届かない情報量と「それを人間が造っている」という当たり前のことを教えてくれたのは岳郎さんだ。45才という人間の存在感を舞台に置いてくれた。

はてさて、最優秀賞と共に観客賞も頂きました。観客賞はお客さんに「面白かったよ」と云ってもらえたで賞です。

いちばんうれしいね。

公開審査と千年王國の作品について、演出家協会理事の流山児さん日記にちょっぴ書いて頂いてます。あわせてどーぞ↓
http://www.ryuzanji.com/r-shownikki.htm
posted by 番長 at 11:40| Comment(1) | 公開審査にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公開審査にっき 3

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2時からスズナリでガジラの「ひかりごけ」を一同で鑑賞。
1時から劇小劇場で「トロイメライ」を観たメンツも終演後3分でスズナリに滑り込み。
はしご天国。下北沢はえらい。

一部ネタバレになっちゃうかも。観劇予定の方はとばしてね。

「ひかりごけ」は三國蓮太郎さんの映画版がトラウマになっています。
『ひとのにくを喰ったときの顔』の演出をつけることが果たしてできるんだろうかと、人の肉を目を見開いたまま喰う三國さんの芝居を観ながら怖かったです。そこまで想像できるんだろうかと。想像した人たちの作品を見て、そしてその想像がかなり確実なのではないかと思わされてしまいながら考えました。

「ひとのにくをくうはなし」が、番長はとてつもなく怖い。
でも「審判」の愛読者だ。「ひとのにくをくうはなし」は意識してよく読む方だとおもう。同じ状況なら、確実に喰うだろうと思うので怖い。

絶対に喰わずに死を選ぶことができないだろうと心から思う。
「人間の尊厳」を「生きる事の本能」がやすやすと越えてしまう自分を知っているので、こわい。
だから「喰わない」あらしのよるにのお話が、怖い。

「生き物として生きることを離れると狂気化するね」とはなした作家さんがいました。
生殖を目的としないセックスは狂気化してゆくと言う話だったけど、番長は生きる事の方が狂気にに思える。発情中の猫は、ほんとうにくるっちゃったみたいにみえる。修羅は生きてしまうことの方だと、そう思っている。

なので肉を食べるのが怖くなったり、生肉ばかり食らったりを繰り返す番長です。

はてさて、しかし「ひかりごけ」は生きる事の修羅のおはなしじゃないんだなあ、とガジラの舞台を観ながら感じてゆく。

ガジラが描いたのは昭和20年という時代にワタクシたち日本人が背負っていた狂気なんだと思いました。
そうしてそれは「かつての誰か」ではなく、現在のおまえたちだと暴力的に煌々と照明は客席の私たちの姿を照らす。

同じ脚本で全く違う印象の映画と舞台を見比べながら、当たり前なのだが「演出家」という仕事の大きさをクリアーに感じました。

出演者たちはかなり長い時間をふんどし一丁なので、役者と云う人間がどれほど肉体を使ってそこに立っているのか見せつけられたようでした。演技というものをスケルトンで見たようです。一個一個の筋肉が的確にべっこり凹んだり膨らんだりするすがたに唖然です。

若松孝さんが言葉無くゆっくりただ歩く姿で膨大な物語を語る開始1分を見ながら、10センチの移動で表情を変える照明の仕込みを見ながら、あるレベル、ある高さを知る。

高い。

とても。

いいものをみました。


posted by 番長 at 01:53| Comment(0) | 公開審査にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

公開審査にっき 2

VFSH0451.JPGお昼にざわざわ下北沢集合。

スッタッフ陣が宿泊させて頂いたお蕎麦屋さんでランチ。
そばがきそば豆腐そばの実の味噌和えそば茶そばのおかし盛りそば。

蕎麦づくし。

美味!!!!!!!!!!!!

うどん、というのはりょうりのおなまえですが
蕎麦というのはどっちかってーと素材の名前だ。

素材の名前そのものが料理名というのは実はあまり無いのかもしれない。

そば、と言う素材のあじが、さまざまにかたちをかえて身体にうれしい食べ物になる。

しかし「盛り蕎麦」のオリジナリティーはすごい。

そば100%というのはその名の通りそばしかはいってないよ、ってことで

なのにそこでしか食べられない蕎麦がある。

お水はどうしましょう?ゆで時間はどうしましょう?産地はどこの物?どんな風に曳きましょうか?どんなふうに捏ねましょうか?薬味はわさびですか七味ですか山椒ですか?というひとつひとつの積み重ねが

「ここでしか食べられない味」になる。

オリジナリティというのは「ラベンダー蕎麦」を作ってみせる事ではなく
「蕎麦粉使ってないんですよ」というのでもなく

ひとつひとつの「こうじゃなきゃ」を丁寧に積み重ねてゆく作業なのだと
何度も食べたあらゆる蕎麦に似ていて、ここでしか食べられない蕎麦を食べながら思う。

シンプルなものをたべていると
ほとんど作り手の意志を食べているみたいな気持ちになるね。

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posted by 番長 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(4) | 公開審査にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

公開審査にっき 1

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朝ごはんは宮崎の母のおみやげ「イノシシ汁」
ひとくちで諸突猛進。

けもの喰ってるぜ!

がるる。
posted by 番長 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 公開審査にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

楽日にっき 15

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村上のおかあさんからきれいなお菓子も頂きましたよ。

母たちはいだいですね。

あすはこうかいしんさ。

はりもむしろともいう。

いってまいる。

ばびゅん。
posted by 番長 at 05:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽日にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

楽日にっき 14

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お疲れさま。
posted by 番長 at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 楽日にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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